「水精(みなもり)君(仮)」
その1
ちか、と光った何かに、硝子一枚を隔てた視界は一瞬、眩む。今日も暑くなりそうだ。まだ陽が上ったばかりだというのに、早くも額から滴り落ちる汗にげんなりとする。ついで、面倒では有るがいつもの日課をさぼるわけにもいかず、桶の中の水を投げやりに柄杓ですくってはぴしゃり。すくってはぴしゃり。地面に当たった直後に水蒸気となって空中へ上っていくのではないかと思うような照り付け始めた日差しに、やる気はどんどん失われていく。もうこうなったら、柄杓などと優雅な真似をせず、思い切り、桶を振り回し一気に水をまいてしまおうか。そうすれば、少しはましな水溜りの一つでも出来て、長らく振っていない雨でも呼び寄せるかもしれない。今朝も雲ひとつない空を見て、ああ、これは影送りの遊びが出来そうだ、なんて子供じみた発想に、いよいよ今夏の猛暑にやられたか、とどこか他人事のように思った。
「面倒だな、」
なるべく他所事に気をやって、出来ることならば眼前のそれに意識をまわさない様にしていたが、どうもそれも限界なようだった。
「・・・・、」
さすがに現実を見てしまったからには、見ていなかった振りは出来ない程度に、真っ当なつもりである。だがしかし。
「これは、見なかった事にしても、決しておかしくはないんじゃなかろうか。ああ、きっとそうだ。そうにきまっている。」
などと、自問自答を口に出してしまう。少し冷静になれば、そう、ごみだ、昨日、うっかりと門前の掃除をさぼったつけが、今日にまわってきたに過ぎない。そうだ。
「現実からの逃避は、あるべきではない、か。」
昨晩の残り湯に、改めて湯を足すのも面倒だ。この際、水でも良いだろう。
「どうせ、暑くなる。」
そうと決まれば、さっさと行動に移してしまうが吉だ。もう半時間もすれば、次の日課の時間がやってくる。
「すぐに終わるようには見えないが、」
ここまできたら、やるしかあるまいなあ。
どうでも良い独り言は、あっという間に消えていく。
「日記に書く事が、多くなりそうだ」
柄にもなく、気弱になった自分は随分と殊勝なものだと思った。
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