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カキチラシ

「サカサマ」ブログサイト内、書き散らしたもの置き場。

01/15

Wed

2025

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09/01

Mon

2008

亜細亜三兄弟その2

「浄化作用」
 
 
 
 如雨露をそっと、傾ける。すると思ったよりも勢いよく水が飛び出し、びっくりして思わず指の力が抜け落ちそうになった。危ない危ないと、しっかり、手に力を込め直す。
 庭に咲くムクゲに水をやる。気がついたら芽が出て、すくすくと育ち、花をつけたムクゲは逞しい命を、残暑の太陽の下、しっかと燃やしている。
「まるでそれは。」
「何だというのですか、兄さん。」
「お前こそ、何アルね。珍しい。」
 明日は槍でも降ってくるかしらん。
 思わず、空を見上げた。
「酷い言い草。」
 いつのまにか隣に並んだ弟は、やや不本意そうに片眉をあげる。おやおや、器用だこと。
「気味が悪いアルよ、菊。」
 再び、如雨露の水を花に与える。花を、葉を、茎を滴り落ちる水玉は、しっとりと地面へと吸われて行く。
「兄さんこそ、何ですか。」
 名前なんて、呼んじゃって。
 明日は槍でも降りますかね。
 言って、弟はわざとらしく目を細めて空を見上げた。つられて、首をちょっと上向けると、薄っすら背の鱗をなびかせて、雲龍が太陽を絡め取る様を見た。成る程、季節は確実に移行しているのだな、と何となくしみじみ感じ入ってしまったものの、隣から注がれる何ともいえぬじっとりとした視線に、首筋を汗が伝った。
「今日のお前は変アル。」
 顔を今度はしっかと弟の目玉に合わせ、言ってやる。すると彼はちょっと驚いた、といった風に目を瞠って、次の瞬間にはふわりと微笑んだ。
「ふふ、兄さんがムクゲに水なんか、くれてるからですよ」
「花に水をやるのがそんなに変アルか」
「ええ、ひどく。」
「ヒドク?」
「ひどく。」
 はあ。
 次は溜息。勿論、我が零した。弟はすでに、微笑をすっと能面の奥に隠してしまっている。そして尚も口を開こうとする気配だ。現にほら、今にも言葉を声として発現しそうだ。弟は喋る前、少しだけ瞼が震えるのだ。尤も、それは今日みたいにおかしな事を次々に語る場合のみであるけれど。とにかく、我にはこの弟と頭が痛くなるような会話を繰り広げる気は毛頭ない。さて、どうするか。
「兄さん、ずるいですよ」
「ナニがッ」
 思案していた所への不意打ちに、声が裏返ってしまった。
「だって兄さんったら、決まって水をくれてやるんですもの。」
 それも同じ時間、同じ分量、同じ笑みでもって!
「はあ?」
「ずるいですよ。ムクゲにばっかり。ムクゲなんて、ほっといたって地下から水を吸い上げますよ。なくたって、どこからなりと、水気を引き寄せてきます。」
「そんなものアルか?」
「そんなものですよ。植物は強かな生き物です。」
「そんなものアルか。」
 そうだ、と力強く頷く弟は、もはや己が何を喋っているのか理解していないだろう。まったく、いつまでたっても手間のかかる子供で困った物だ。自分が欲する物を欲しいというのにこんな回りくどい言い方しか出来ないのだから。
「菊、言いたい事はちゃんと言うアル。兄ちゃん、菊からの話なら、いつだって聞いてやるアルよ。」
 空になった如雨露を地面に下ろし、正面から菊と向き合った。少し前までは屈んでやらねばならなかった子供は、もう大きくなったというのに今度は覗き込まねばならぬらしい。まったく、手間のかかる事だ。菊はすっかり顔を俯けてしまった。ほっておいたら、うずくまってしまうかもしれない。
「しょうがない子、アルね。」
 ああ、もう。膝を抱えてしゃがんでしまった男は、小さな小さな子供と一緒だ。
「菊?」
 すぐにでもその身を抱き締めてやりたいけれど、そこは我慢の為所。菊が自分から言い出すまで、辛抱強く待ってやることにした。幸い、暇をつぶす物はすぐ傍にある。隆々と咲き誇るムクゲに、少し離れた所では緑の葉を繁らせ影を落す、桜の木。隣で静かに眠っている梅の木は、枝先を赤蜻蛉が飛び交い、賑やかだ。今年は去年に比べ、数が多いような気がした。そうそう、ムクゲの後ろに隠れてしまっているが、ノウゼンカズラは負けじと盛りを迎え、いくつも花提灯をぶら下げている。いや、ここは花簪と言った方が風流だろうか。いやいや、簪というには花弁が大きすぎる気もする。それにじっくり見ると、グロテクスにも見えてくるのだから花は面白い。簪ならば、道を隔てた離れに咲くサルスベリの方が、余程、似合いだろう。赤でも白でもない我が家のサルスベリは、薄桃色だ。一度、それを写真に収めた菊が彼の友人らに見せたところ、その可憐な色味が気に入ったと言い、あまり歓迎したくない輩が何人か、茶菓を持参し花見にやってくる事を思い出した。正直、いらん事をしてくれたものである。が、自慢の庭を見せてやる事に異議を唱えるような無粋な事をするつもりもない。まあ、嫌味の一つや二つは挨拶代わりだ。向こうも分かっている事だろう。
「私は兄なんか、いりません。」
 おや、そうきたか。
「なら、我も、弟なんかいらんアル」
「一人もですか?」
「一人も。」
「一人も!」
 現金な奴だ。急に明るい声を出したかと思えばすっくと立ち上がり、にっこり微笑み「綺麗に咲いてますね、このムクゲ」等とのたまう。まるでガキのする事だ。いいや、もうこの男はただのガキと成り果てた。いいや、現金なのは己こそ。変貌した男の様子に、胸元がじわりじわりと少年への父性に溢れてくる。そう、子供は可愛らしい生き物だ。
「菊、今年はキクの花も一緒に植えるアルか」
「本当?」
「本当。」
 中国さん、中国さん。
 呼びかける声の、なんと甘やかなこと。耳障りの良い声は、愛すべき音色である。
「何アルか」
「今夜は何が食べたいですか(うそつき)」
「菊の食べたい物で良いアルよ(この性悪め)」
「にほんー、兄キー、何やってるんすかー」
「ヨンス、」
「韓国さん」
(なに、ちょっとした。)
「ごっこ遊び、」
(アルよ。)
(ですよ。)
「・・・・二人とも、変な顔なんだぜ。」
 
 
 
 
 
20080901
大変仲の良いアジア3兄弟。にーにと菊はそんな間柄で良いと思う。もはやヘタリアでなくオリジとなっているけど気にしない(笑)。
 

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09/01

Mon

2008

亜細亜三兄弟(主ににーにと菊の不毛なる会話)その1

「さっさと散ってしまえばよいものを」
 
 
 
「私は貴方が嫌いです、兄さん。私は貴方がいない時に貴方を思い浮かべると冷静な言い分が出来ると言うのに、いざ、貴方を前にしてしまうと弱い所をぎゅっと握られたような、そうして足が竦み、まともに呂律も回らず、嫌にべたべたとした口調で、ろくに己の言いたい事が言えない。そんな情けない自分に後から死にたいくらいの嫌悪感と貴方への殺意に腹はよじれ、頭の中は燃え上がり脳髄が焼ききれそうになる。それくらい、憎く、大嫌いで、そんな自分はさっさと自殺してしまいたくなるのです。」
 私は貴方が嫌いだ、貴方が嫌いだ、嫌いなのだ、兄さん。
「貴方は自分でかまわないと、言っておいて、いざ、私が実際に行動すればその結果を、その行動を咎めたてる。ならば最初から、許しを与えねばよろしいものを!そんな貴方が嫌いです。なんて、馬鹿馬鹿しい。」
 最悪だ。
「貴方は操り人形が欲しいだけなのでしょう。何でも言う事を聞く、しかしながら傍から見ればそうではなく、適度に自立心を持ち、あくまで己が考えた故の行動とその対象の勘違いを期待する。しかしながら決してそれは貴方の掌の上という小さな世界以上に足を踏み出してはならない、暗黙のルールが存在する。そんな、お人形遊び。」
 私は貴方に振り回されるのは、もう、ごめんです。
「私は貴方の所有物ではない事を、いつになったら貴方はご理解して頂けるのですか。認知しろと喧しく毎日迫れば、して頂けるのですか。でしたら私は喜んで、そういたしましょう。私はもう、嫌なんですよ。良い子でいるのはもう、飽き飽きしているんです。いいえ、私の中で矛盾がもはや、取り返しのつかないところまで来ているんです。貴方は私の崩壊をお望みですか。きっと、そうなのでしょう。でもお生憎様。貴方の思い描く未来は訪れる事の無い寓話の世界。私が踏み潰して差し上げます。いい加減、目を覚まされてはいかがですか。このロクデナシめ!いつか後ろから刺してやる。いいや、この際、前からだってかまわない。貴方が私の手によって、地面に伏すのならば。ご存知でしたか。貴方の弟であるという事は、貴方の気性と似た部分を私も少なからず、備えているという可能性を。いいえ、これは可能性なのではありません。列記とした事実です。」
 東風が吹かずとも、目前の梅は絶大な芳香を漂わせる。立ち尽くし、なす術も無くその香りに包まれたのは遠い昔の話。今、私はいつだって、この視界を覆う梅を切り倒す事も燃やす事も出来る。
「それ程に、私は大きくなったのです。」
 いい加減、空の巣に夢を見るのはおやめ下さい。
「そこには、貴方が守るべき存在は、もうないのです。」
「ないのですよ。」
 ああ、兄さん。
「いつになったら、気付いてくれるのですか。」
 私は貴方の背後に、いつだって立っていたのだ。
 私はいつだって、貴方の背を見て、育ってきたのだ。
 私はいつだって、貴方の影を踏み、生きてきたのだ。
 私は貴方の心臓の位置を、いつだって、見つめていたのです。
「この、耐え難い激情を孕ませて。」
 鏡で己の顔を見て、笑ってしまいました。
「なんと、情けない顔。なんと、怖ろしい顔。」
 般若の面など、必要ありません。
「全ての負の感情は、この、拳の中に。」
 ああ、そう。お怪我をなされたと聞きました。心よりお見舞い申し上げます。
「そのお背中の傷に、似合いの梅の花を持参して、」
 貴方への最後の貢物です。
「どうぞ、お受け取り下さい。」
 弟である私の、最後の微笑と共に。
 おやすみなさい、兄さん。
 

 
 
 
20080819
病んでなくてこれがスタンダードな日→中。

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07/20

Sun

2008

「大暑を耐暑するには対処方法を選ぶべきでアル。」
 
 
 

 
 
 
ミーン、ミンミンミンミンミン。
 
「ああ、今年も無事、夏休みに入ったのですねえ。」
 菊の声が、どこか虚ろに滲みながらも、すぐ隣から聞こえてくる。同時に、垣根の向こうに見える道路には、子供らの一群が元気に声をあげ、駆けて行く。そのすぐ後には、にぎやかな声がわんさかと重なり合う。恐らく、それらは先を行く、子供らの親なのだろう。
日傘が真白い光をちかりと弾く。子供らの焼けた肌が、太陽の光に輝いている。せめて帽子くらい、かぶっては同だろう。彼らの親は、日傘に帽子に手袋と、完全防備であるというのに。いや、しかし、子供らはあれくらい元気な方が良いとも思う。が、昨今の暑さに、少々、熱中症を心配してしまうけれども、それよりも、ガンガンに冷えた室内とギンギンに燃える外との温度差が与える小さな体への影響の方が、気になった。尤も、現在の自分達は人の事よりも、己が熱中症にならぬかという心配をすべきなのであろう。
何を我慢しているのか分からぬけれど、菊はちっとも冷房器具を使おうとしない。扇風機すら、この夏は埃をかぶらせたままなのだ。埃をかぶせたままである事が、彼に何をもたらすというのであろう。文明の利器は使ってこそ、その真価を発揮するというのに。それにしても、元気な子供たちである。まだ声が、聞こえてくる。
「何をじっと見てらっしゃるんですか。あんまり見てると、近頃の親はモンスターなので訴えられますよ」
 だらり、と温い音が、耳を爛れさせる。見ればこの家の主が、こちらを半眼で見上げていた。その半眼をのっけた顔こそ、怪物であろうに。
 そもそも、怪物などと、自国民に対してよくもそんな言葉を使えるものだ。国として、それは良くないと、年長者である我は誰に憚る事無く年少者へと諭す立場でにあるけれど、あまりの暑さに何もかもがどうでも良くなってくる。それに所詮は他所の国の事だ。我がいちいち、ご丁寧に注意してやる必要はない。相手はもはや、人で言うならば十分に大人である。そうだ、そうだ。しかし今はそんな事、どうだって良い。何せ暑い。そうだ、それにもう、こいつは我の弟でも何でもない男だし。そうだそうだ、こいつとは別段、家が近いだけの関係だ。家族でも何でもない。いや、でも本当はどこかでそうあって欲しい、と願っている自分がいたりいなかったり、否、そうであって欲しいと誰かから思われていたり思われていなかったり。いいや、それは幻聴だ。暑さが呼び込んだ、夏の魔物だ。我は耳が良いので、そんな幻さえも拾えてしまうのだ。そうだ。昔の記憶に、振り回されているわけではない。これは幻聴だ。不必要な、もの。
とにかく、今は暑い。
それだけが悶々と、頭の中を支配して、もはや何が何だか分からない。暑い。暑いのだ。そうだ、暑いのが全て悪い。気のせいか、心臓の音が耳の奥底で渦巻いていて、外界の音がよく聞き取れない。したがって、隣の男の声も、よく判別できていなかったりそうでなかったり。己の声だけが、ぐるぐると我の体を血を供につけ、廻り廻っている。
「いや、お前にも、あんな時期があったなあ、とか。」
「あったんですよー、私にも。」
 菊はだらしなく胸元をはだけている。盛大に、暑いと顔に書いてある彼の額には、冷えピタ(便利な物が、あるものだ)がしっかと貼り付けてあり、首にはアイスノン(これもとっても便利だと思う)を手ぬぐいで包んで巻き、足元は盥に氷水(ここはさすがに昔ながらの方法か)だ。勿論、手には団扇だが、そこから発生する風は、ないよりマシと言った程度で否、むしろそんなに生温い風なら、ない方が良い。
「可愛かったねえ」
「可愛かったですかあ」
 ああ、なんてやる気のないおざなりな返事!夏の魔物は男から、一体どれだけの覇気を吸い取っていけば気が済むのであろう。
「そりゃあ、もう。金銀瑠璃なんか、目じゃなかったよ」
「そうですか。時に中国さん、一つ、よろしいですか」
 男は今度は薄い笑みを浮かべて、焦点の合ってない黒い瞳を我に向けてこう言った。
「大事なアイデンティティー、忘れてるアルよ。」
 ミーン、ミンミンミンミンミン。
 
 夏の魔物よ、全てを溶かしてゼロに戻して下さい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 
20080720
いわゆる、ご近所付き合いな日と中。

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07/17

Thu

2008

日米?ネタその1

 

~本田菊劇場その1~
「孫遊びがしたい、お年頃なんです(吐息)。」




 
 
 
 
 すなわち、私、本田菊はとてもとても遺憾であると。そう、言いたいのです。
「分かりますか、アルフレッド君。」
「分かりません、菊先生。」
「そうですか、独立前からやり直してください」
「さらりと死亡フラグ、立てないで下さい」
「きちんと理解もしていないくせに、フラグ、なんて専門用語を使わないように、不愉快です私。」
「菊先生、僕、恐いです。」
「君が」
「いいえ、君が。」
 だん、といっそ、高らかに音を立ててくれれば良いものを、目前の彼は常と変わらぬ穏やかな、その顔を見慣れたものには無表情ともいえる平静さで、手の中のグラスを丁寧に、それはそれは繊細な動作でコースターの上へと置いた。きっちり、コースターの中心に合わせてくるものだから、本当にこの人は、その脇におかれた酒瓶数本全てをほぼ一人で飲み干した人だろうか、と冷や汗が額に滲む。
 彼が、ここまでの大酒飲みとは知らなかったので、正直、もはや自分がこれからどう行動したら(生きて帰れるのか)良いのか、それ以前にどうなるのか(明日の太陽を拝む事が出来るんだろうか)が皆目検討もつかず、何と言うか、心底、肝が冷え切ってしまい(誰でも良いから、助けてくれないかしら)、酔える余裕など、どこにもありはしない(もうこの際、アーサーでも良いから!!いいや、ロシア野郎だってかまわない!!!)。悲しいかな、現実逃避すら許してはくれない雰囲気が、僕と彼の間には漂い、僕ははっきり言って、別の意味では盛大に酔えそうだなと、遠く、天井の木目を見つめる。
 彼は次々、運ばれてくる酒を、黙々とあけていく。年寄りの一人暮らしですよ、と言っていたこの家で、誰がここまで酒を運んでくるのか分からないけれど(そういう意味では、彼の家はある意味、イギリスの家をしのぐ不気味さがある、口に出しては言えないけれど)
確実に、彼の傍らには空瓶が続々と、増えていっている。
 なぜこうなってしまったのか、思い出すのも億劫だ。今はとにかく、早く時が過ぎていってくれる事ばかりを考えている自分が、不思議でたまらない。どうにも、日本国としてではない、個人的な知人である本田菊、という存在と対峙する時は、調子がくるって仕方ない。こういう時、無駄に彼の事をお爺ちゃんだなあ、と感じてしまうのは、それこそ口が裂けてもいえない事だ(少なくとも、イギリスやフランスに対してはおっさんだな、と思う事はあっても、お爺ちゃんだな、と思った事は一度も無い)。
「アルフレッド君、甘い酒はお嫌いですか。」
 突然の改まった声による呼びかけに、知らずびくりと背筋が伸びて、この前、教えてもらったばかりの正座を崩す事が出来ないでいる足に、激痛が走った。ああ、こういうのを、足がしびれたって言うんだ。足の裏が、ぱんぱんに腫れているような、熱で浮いているような、自分の足ではない変な感覚がする。座布団を敷いてはいるけれど、そんなもの、あってもさして、意味を成さなくなってきている。菊は相変わらずきっちりと、美しい姿勢で正座をしているし、まったく、日本人の足は一体、どうなっているのだろうか。
「お嫌いですか、」
 再度の問いかけに、はっとなって、慌てて答えを吐き出した。
「いいえ、好きです。」
 瞬間、喜色満面、心なしか彼の纏う空気そのものすらが、桃色に変化したような気がした。
「それでは、これなんか、いかがですか。」
 さっきまで遺憾だ何だと言っていた御仁は一転して、爽やかな微笑を浮かべて一本のワインボトルを差し出す。相変わらず頬には朱色一つささないけれど、うん、間違いなく彼は、酔っている。そうして、酔っ払いには逆らわないに、限るのだ。
「この間、頂いたんですけどね。とっても甘い、私の国では貴腐ワインと言うのですけれども。」
 ご存知ですか。
「わお、トカイじゃないか。こりゃあ、上物だよ」
 覚えたばかりの言葉を、舌に載せるのは、ちょっぴり気恥ずかしい。けれど、使ってみたいものなのだ。
 ラベルの文字に、消沈していた気持ちが少し、浮上する。
 甘い酒は、どちらかといえば好きな方だ。いいや、大好きだ。ビールは苦くて得意じゃない。ワインは渋みがどうにも馴染めない。日本酒は味を判断出来る程、飲んでいない(何せ、口喧しいお節介がいるもので)。他のアルコール類も、同じく。ウォトカなんてものは、チャッカマンなのだと日本が言って、アルコールランプの原料だとイギリスが言ったので、飲んだ事も無い。
 その点、トカイはこの間、フランスに薦められて飲んで以来、何かと口にする機会の多い酒だ。僕は喜んで、ご相伴に預かる意を表明した(今日くらいは、お爺ちゃんをたてておかないと、五体満足でこの家の敷居を跨ぐ事は出来ないだろうから、彼には一晩、大人しく従う事に決めた)。
 ぽん、と小気味良い音がして、部屋の中に甘く芳醇な香りが蔓延する。ああ、この匂いだ。うっとりと、湯飲みに注がれる(ここでなんで湯飲みなのかとか思ってはいけない)黄金の液体に熱視線を浴びせる。とくとく、と滴り落ちるような音が、何とも言えない。口の中が唾で一杯だ。
「早く、早く」
「そんなに焦らなくても、ちゃんとあげますよ。」
 わお、お爺ちゃん、笑顔が素敵だよ!!いつも、それくらい笑っていたら良いのに。
「はい、どうぞ。アルフレッド君」
「イタダキマス。」
 ちび、ごっくん。
「美味しいですか」
「もう一杯。」
「ちょっとお待ちなさい。私が飲んでからです」
 つ、ぐびり。
「菊?」
「ああ、美味い。」
 さあ、二杯目を注いで上げましょう。
 とくとくとく・・・。
 とくとくとくとくとく・・・。
「ああ、美味い。」
 重なった声に、どちらからともなく、くすりと笑う。
「ねえ、菊。」
「何ですか。」
 菊の背中越しに、ぽっかり、丸い月が見えた。翳って見えるのは、僕も酔ってきているからだろうか。いいや、違う。何と言ったっけ。ああいう、おぼろげな、霧の向こうにあるような、月の事。ずっと前、教えてもらった事がある。誰から?誰だろうか。
 僕はくらくらとしてきた頭で、とりあえず、笑っておいた。
「何でもないよ。」
 ぱちくり、目を瞬かせる菊は、ちょっと、子供っぽくておかしい。
「おかしな子ですねえ。」
 君に言われたくないよ。
「もう一杯。」
「またですか、」
「いいじゃんか、ケチ」
「ケチとは心外な!ならば、とっておきを出して差し上げましょう。」
 すっくと立ち上がった菊へ、僕は慌てて言葉を足した。
「それ、甘い?」
 まばたきを二回。
 ふんわり、トカイの香りと共に、微笑んで。
「極上の、一品ですよ」
 甘さを含んだ、笑みを一つ。
「だって、アーサーがくれましたから」
「いらない!!!」
 毒を孕ませた、後味を残して。
 
 


 
 
 
(暗転、10秒)

(照明、スポットで)
 



舞台袖、本田邸の濡れ縁に佇む菊。空を見上げて。

 
菊「ああ、ちっちゃい子をいじるのって、なんて面白い」
 

濡れ縁から眺める夜空には、朧月がのっそり、兎が餅をついている。
ああ、それにしても。
今夜は誰にも邪魔されない。性悪爺の独壇場。
↑菊の独白として台詞に変えても可。

 
菊「愉快愉快。」
 


ぺったん、こ。
かん!
 
 
 
 
 
 
 
 


20080717日米ネタ。というか、これでも日英前提の日とメリカ?

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07/12

Sat

2008

「遠い日の歌 第一曲~憧憬」
 



花はもはや、散ってしまったのだ。
貴方は鉄面皮をその顔へ貼り付け、黙って一振りの枝を抱いている。
浅く椅子に腰掛けるのは昔からの貴方の癖で、そしてやや慇懃さをもった様子で足を組むのもまた、貴方の癖だった。そうして貴方はそっと私へ微笑み、お茶をどうぞ、とカップを私の前へと寄せてくれるのだ。
私が少し、慎重さを滲ませた指に華奢なカップをひっかけて、そっと口をつければ、貴方は忙しなく目を泳がせる。こくり、と喉をならし、カップをソーサーに戻して私は貴方を見つめ、ほっこり笑みを浮かべ、一言一言の味を噛み締め、こう言う。
「アーサー、美味しいですよ、とても。」
すると貴方は貴方が愛するバラの花のように、ふわりと笑顔の大輪を咲かせた後、急にまた、ふてぶてしさを持った口ぶりで、俺が入れたんだから当たり前だと言い放つ。
私には、そんな貴方が可愛らしくって、憎らしくって、たまらなかった。
普段から、貴方はとても紳士な振りをしたがるけれど(事実、貴方は紳士的な人だと思うのだけれど)、それは随所にのぞく、荒っぽい所作と言葉遣いのせいで、洗練さに欠ける繊細さをかもし出す。フランシスはそれを見て元ヤンだ、などとからかうけれど、私から見れば小さな子供が粋がっているだけにしか思えなかった。しかしそれがまた、私が貴方を意地らしく思う一つでもあるのだ、とは流石の私もいえやしない。
慎む事を美徳とする私の信念の中、貴方に対する思いだけはその一線から外れた軌道を歩んでいたというのに、私はそれを真正面から見る事すら出来ない臆病者なのだ。いいや、それでは言葉が良すぎる。
「つまり、面倒なのですよ。」
認めてしまえば、私はそれに対して全力で向かわねば己を許せない。突然、激情家となるのは、私の悪い癖。花火がぱっと夜空に散るかの如く、それは突発的。輝き、そして次の瞬間には飽きる。しかし、夜空に散った火薬の残した白煙を、どこまでを眺めその余韻を慈しむのもまた、私にとっては欠かせない楽しみ方の一つ。貴方に対する気持ちはまさにそれである、と言い切るつもりはないけれど、私は途方もなく貴方に惚れている、という事は限りなく真実、私の心の声なのだ。
それなのに。
何事も無かったかのように、全てをご破算(ごあさん)にしてしまえるのも、私の悪い癖。
私は私を恨むことはない。しかし、生涯、悔いるだろう。
なぜ、あの花を手放してしまったのかと。
貴方は私をその美しい翡翠の瞳で見つめている。いいや、貴方の瞳は私を見つめてなどいない。貴方はいつだって、美しいものを愛する。美しい光景だけを、見ている。それで良い。貴方にはどこまでも、心優しき過去の情景に目を向けていて欲しい(かつての貴方が手放した貴方の愛する弟との柔らかく暖かい月日のように)。
私は私の愛する物全てが、どこまでも清廉で美しいものである事を好み、望むのだ。それが、何を隠そう私の一番悪い癖。
貴方の手を重くする桜の枝は、直に枯れて花は落ちるだろう。
その足元に、薄桃の身を散らす花は、冷たい床をどう思うだろうか。
私はそんな絵姿を胸に秘め、微笑もう。ああ、散ってしまった花の、(そんな花を足元に凍りついた表情を向ける貴方の)なんと、美しいことか。
散った花が汚らしく腐ってしまう前に、全てを片付けよう。
まるで始めから、何もなかったかのように。
完璧な世界を、貴方へ捧げる。
それが私の、愛の形。
 もはや全てが、遠い昔の話であるけれど。
 貴方がいつまでも、そうして穢れる事の無い翡翠の瞳を持つ限り。
 素晴らしい夢の日々を、貴方に。
 
 

20080612
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