「さっさと散ってしまえばよいものを」
「私は貴方が嫌いです、兄さん。私は貴方がいない時に貴方を思い浮かべると冷静な言い分が出来ると言うのに、いざ、貴方を前にしてしまうと弱い所をぎゅっと握られたような、そうして足が竦み、まともに呂律も回らず、嫌にべたべたとした口調で、ろくに己の言いたい事が言えない。そんな情けない自分に後から死にたいくらいの嫌悪感と貴方への殺意に腹はよじれ、頭の中は燃え上がり脳髄が焼ききれそうになる。それくらい、憎く、大嫌いで、そんな自分はさっさと自殺してしまいたくなるのです。」
私は貴方が嫌いだ、貴方が嫌いだ、嫌いなのだ、兄さん。
「貴方は自分でかまわないと、言っておいて、いざ、私が実際に行動すればその結果を、その行動を咎めたてる。ならば最初から、許しを与えねばよろしいものを!そんな貴方が嫌いです。なんて、馬鹿馬鹿しい。」
最悪だ。
「貴方は操り人形が欲しいだけなのでしょう。何でも言う事を聞く、しかしながら傍から見ればそうではなく、適度に自立心を持ち、あくまで己が考えた故の行動とその対象の勘違いを期待する。しかしながら決してそれは貴方の掌の上という小さな世界以上に足を踏み出してはならない、暗黙のルールが存在する。そんな、お人形遊び。」
私は貴方に振り回されるのは、もう、ごめんです。
「私は貴方の所有物ではない事を、いつになったら貴方はご理解して頂けるのですか。認知しろと喧しく毎日迫れば、して頂けるのですか。でしたら私は喜んで、そういたしましょう。私はもう、嫌なんですよ。良い子でいるのはもう、飽き飽きしているんです。いいえ、私の中で矛盾がもはや、取り返しのつかないところまで来ているんです。貴方は私の崩壊をお望みですか。きっと、そうなのでしょう。でもお生憎様。貴方の思い描く未来は訪れる事の無い寓話の世界。私が踏み潰して差し上げます。いい加減、目を覚まされてはいかがですか。このロクデナシめ!いつか後ろから刺してやる。いいや、この際、前からだってかまわない。貴方が私の手によって、地面に伏すのならば。ご存知でしたか。貴方の弟であるという事は、貴方の気性と似た部分を私も少なからず、備えているという可能性を。いいえ、これは可能性なのではありません。列記とした事実です。」
東風が吹かずとも、目前の梅は絶大な芳香を漂わせる。立ち尽くし、なす術も無くその香りに包まれたのは遠い昔の話。今、私はいつだって、この視界を覆う梅を切り倒す事も燃やす事も出来る。
「それ程に、私は大きくなったのです。」
いい加減、空の巣に夢を見るのはおやめ下さい。
「そこには、貴方が守るべき存在は、もうないのです。」
「ないのですよ。」
ああ、兄さん。
「いつになったら、気付いてくれるのですか。」
私は貴方の背後に、いつだって立っていたのだ。
私はいつだって、貴方の背を見て、育ってきたのだ。
私はいつだって、貴方の影を踏み、生きてきたのだ。
私は貴方の心臓の位置を、いつだって、見つめていたのです。
「この、耐え難い激情を孕ませて。」
鏡で己の顔を見て、笑ってしまいました。
「なんと、情けない顔。なんと、怖ろしい顔。」
般若の面など、必要ありません。
「全ての負の感情は、この、拳の中に。」
ああ、そう。お怪我をなされたと聞きました。心よりお見舞い申し上げます。
「そのお背中の傷に、似合いの梅の花を持参して、」
貴方への最後の貢物です。
「どうぞ、お受け取り下さい。」
弟である私の、最後の微笑と共に。
おやすみなさい、兄さん。
20080819
病んでなくてこれがスタンダードな日→中。
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